心と感情のふしぎ

去年あたりから、気になっていること。

人は誰かのことをうらやむ時に、
愚痴のような形で憧れの対象を攻撃するんだなぁ。
それを認めて、それを目指せばいい。と聞いたことがあるけど、
目指す。というのがちょっと違う。
私は私でしかないのと同じで、その人はその人でしかない。
目指す。
というアクションは無駄なストレスを生む。
ただ、私達の質が最大限に解放されたとき、そこに調和が生まれる。
そして、そこにしか調和は生れない。
抑圧しているものがあると、それが人間関係にまで波及する。
自分がどうしたいか、ではなく、どこに在るかを選ぶということなのだと思う。
場所があればそこですることが勝手に見つかるのだ。
それは中長期的に変化するものなので、こだわらなくていいけれど、
常に意識に挙げておかないと自分がしんどい。

知らず知らずに育んでいた過去の共依存。
また自分が同じことをしているのではないかという恐れがあったのだけれど、
正しく自分を認識して行動した時に溶けてゆくものなのだと思います。
自己価値という表現がなんだかしっくりこないのだけれど、
抑圧するような制限を設けず、自分を、相手を見守ってゆくことが大切。
情にほだされたらあかんときもあるね。

なんとなくこんなことを考えているときにいつも聞きたくなるのがこれ。

相変わらず稲葉さんかっこいいわー。好き。