雨降って地固まる

雨が降ると頭が重くなる。この感覚は春先に強くでます。

新しいことを始める前に、今までの環境から離れる必要がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。スタジオでもあれ?しばらくお見受けしないなーと思う方がちらほらでてきて、数か月後に「実は転勤したんですよー」なんてご報告を受けたりすることが多いのです。そんな弥生も中ごろにさしかかって、今後の展望等の調整を入れなくてはいけないなと私も感じておりまして、常識的に考える安全な選択と、リスクのある欲求の間でゆらゆらしていたのですが、どんな安全パイであっても100%はありえないのだから、素直な欲求に従うのもよいかもしれない。と、ようやく自分に許可を出せました。

この不安定な状況から許可を出すにまで至れたのは、心を揺さぶられる記事を呼んだのがきっかけでした。読後気づいたことは、むにゃむにゃ感じるフラストレーションは、コケる、退避することへの恐れから来ているということ。たとえコケたとしても、七転び八起きを繰り返す中で受け取っているもの、また知らないうちに渡しているものがあるのだとしたら、それはどんな形であれよいはずです。「コケても糧にする方法が絶対あるはずだ!」と躍起になっている時の思考や体はガチガチであることが多くて、既にコケたという事実を認めきれていないなんてことありませんか?その時点でコケる前の状態に引きずられた選択しか出てこないんですよね。仮にその瞬間にその失敗から糧にする方法が無いように感じた(今自分が気づけなかった)としても、とりあえずまた立ち上がって歩きはじめればそのうち何かに気づくかもしれない。要は、その瞬間に何かを過剰に求める思考は、現状維持への執着のあらわれなのではないかと思うのです。

生きていればどうにもならないことにも出くわします。それはただ自分、相手、環境のうちのいずれか、もしくはすべてが準備ができていないからどうにもならないように感じるのかもしれないし、役割を終えたという単純な理由かもしれない。もちろんうまくいかなかったことに対しての分析なり適度な反省は必要かもしれないけれど、そこにいい悪いはありません。だから、人生の中で何かしらの関わりを持った、もしくはその場所にいあわせたということには、素直に感謝の気持ちを持ちたいものです。私も人間なので、もう関わりたくないと思う人や物事もないわけではありませんが、呪うような気持ちは毛頭ありませんし、そこまで暇でもありません。各々の道で健やかに過ごしているならいいなと思います。そうして過ごしているうちに、まったく新しいフィールドで過去の何かや誰かと関わることも出てくるかもしれない。そういう機会があったら、その時にははじめての映画を見るように新鮮な気持ちで向き合う自分でありたい。

春分の日までに、足元をまっさらにしてから固めよう。
そんな決意とともに始まった雨降りの水曜日です。

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以前告知していましたインドツアーの件ですが、申し込みが最小開催人数に達しそうです。
サーチャージが0円ですし、先ほどチェックしましたら、3月9日現在の1ルピーのレートは1.6円前後と、かなりお得。2円に到達しそうな時もあったのに。。。
ショッピングを楽しみたいという方にはこのうえない機会となりそうですね。
申し込み締め切りは3月18日までです。お悩み中の方はお早めにどうぞ♪