ナショジオでクンブメーラ

フェイスブックで見た久しぶりに心躍るポスト

http://www.ngcjapan.com/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/1112

ナショジオでクンブメーラの特集。

明日の11時30分からのようです。早速予約しました。ふふふ。

さて、今年の5月はウジェインでクンブメーラが開催される年でしたね。アシュラムからも数名向かっていました。が、私は行きませんでした。だってハリドワールでも嫌気がさすほど暑かったというのに、とんでもなく暑そうだったのだもの、人込み苦手だし。とはいえ興味はあったので、感想を聞かせてもらう機会を待っていたのですが、パハールガンジでお友達とランチをした時にいろいろ話を聞かせてもらうことができました。

その中の一人の兄さんが被ってたのがこの帽子

あるんだ。こういうノベルティ的なもの。。。

くっきり残る汗染みが過酷な暑さを物語っています。ハリドワールのアシュラムの頼れる姉さん、二コルも参加していたようで、彼らは同じキャンプで過ごしていたようです。12年前のクンブメーラで出会った仲らしく、同窓会のようで楽しかったみたいですね。各々の12年間の時間の過ごし方があって、いろいろな変化があったことでしょう。一定の期間の後、同じ場所、メンバーで、同じものを見るというのは、自分がどう変化しているのかを知るいい機会になるでしょうね。面白そうだなぁ。ちょっとうらやましいぞ。クンブ仲間。

クンブメーラは、12年に一度のババたちの祭典ですが、そのスケジュールは木星の運行をベースに考えられています。私が今お世話になっているババジは今回はパスしていました。彼曰く、その昔、権力を持っていた人間によって、ウジェインのクンブは占星術的にタイミングを外して設定されてしまっていて、その影響によってクンブメーラ自体がオカルトがかったようなイメージになってしまっているからだそう。その理由の所在をプリントを用いて説明してもらいましたが、なるほどな。と納得ができるものでした。

今考えると今回私は、クンブメーラに行く派と行かない派、双方の意見を聞くことができたわけです。聞いてみて思ったのは、どちらの理屈ももっともなので、非難したり、変えようとする行動はそぐわないということ。外国の方のヒートアップするディスカッションを聞いていると、意見を述べることと非難することの違いについて考えさせられたりします。私は生粋の日本育ちなもので、場に慣れていないせいか反対意見に弱く、以前は相手が自分を変えようとしているぅぅぅ!なんて被害妄想まで脳内で生み出して、恐怖を感じる時もありました。でも誰も私を変えようとなんてしていなくて、彼らはただ思ったことを話しているだけだと気づいてから、そこに反応しなくて済むようになり、ずいぶんと楽になりました。すると彼らが主張だけではなくちゃんと相手の意見を受け入れる道筋を作っていることにも気づけるようになってきたんですよね。でもまだディスカッションは苦手です。

自分の意見だけでなく、相手とのディスカッションを(他言語でも)楽しめるオトナになりたい。

とりあえず明日はナショジオ見ましょう。楽しみです。